●幸福な王子●
●原題;The Happy Prince
●作者;オスカー・ワイルド
●収録;The Happy Prince and Other Tales
●DATA;1888年発表。
●他の収録作品
◆ 幸福な王子 - The Happy Prince
◆ ナイチンゲールとばら - The Nightingale and the Rose
◆ わがままな巨人 - The Selfish Giant
◆ 忠実な友だち - The Devoted Friend
◆ 非凡な打ち上げ花火 - The Remarkable Rocket
今日11/30、オスカー・ワイルドの命日になる。昨日の朝、FMラジオを聴いていた。作家の小川洋子さんが毎週日曜の午前中、読書案内の番組をされているのだ。小川洋子さんの選んだ作品は『幸福な王子』だった。この作品の絵本を持っていた。何度も何度も読んだ。読んでいて、何度も何度も泣いた。読み直して、今朝もまた泣いた。今でも、何度でも、いつでも泣ける。
●物語の語り始め
町の見下ろしような高い円柱の上に、幸福の王子の彫像がありました。彼の全身は薄い純金で覆われ、彼の両目はサファイアが、彼の剣の柄には大きなリビーが飾られていました。
王子の像はすごく!とっても!大切されていました。「彼の美しさは風見鶏のようだね!」。芸術センスのある人だと思われたがっている市会議員はそう言い「もっとも風見鶏ほど便利ではないが」と付け加えました。それは、彼が夢想家に思われたくないから、そう言っただけ…。>>>つづきは全文『青空文庫』で読むことが出来ます。原文の一文は追記部分に引用しました。是非、検索してお読みください。
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●作者の紹介
◆オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド
Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde
◆生没年;1854年10月16日
- 1900年11月30日
アイルランド出身の詩人、作家、劇作家
19世紀、世紀末の芸術家にしてトリックスター。
男性同士の恋愛関係、年下貴族との淫行を告訴され、
牢獄に収監される。出獄後、失意のままパリで客死。
だが、よき夫、子供を愛する家庭人でもあった。
彼の生涯については映画『オスカー・ワイルド』がある。男性同士の恋愛が大好きな女友達がいた。彼女に誘われ、わざわざ銀座の小さな映画館で観た。DVD化されていると思う。どんな恋愛でも、愛の形はさまざま、偏見なく観て欲しい作品。本作品と同じニュアンスが通低にあり、感慨深かった。世間体、奇麗事、常識の残酷さ痛感したのだ。※のちほど映画の感想もアップします。
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人生の最初に大泣きした童話だった。厚手のボール紙の表紙、子供向きの絵本。絵の下に大きなルビ付きの文が並んでいた。何度も読んで、大好きだけど、嫌いになった。だってネ、王子さまはツバメを利用したように思っちゃったから。王子さまって、特権階級的なわがままと思っちゃったから。ダッテネ!!、可愛いツバメは南の国に行けなくて、優しいツバメは死んじゃうのですヨ…。
『フランダースの犬』もそうだけど、動物が人間に尽くして死んじゃう物語は大嫌いだ。だから、英文と日本文の対訳本を読んだのは、もう大人になってからのこと。自分の子供のために書いたと言われる。一般向けに子供向けに書いた物語だが、やっぱり英文は稀代の芸術家“オスカー・ワイルド”のものだった。諧謔的で、華麗で、皮肉で、風刺的!!。そして最後は本当に美しいイメージが心に刻まれる。
昔は『幸福の〜』の題名だった。今は一般的に『幸福な〜』らしい。この助詞の変更は、王子の自身の有り様か、他者からの視点かの差だ。私は昔風の『幸福の王子』の方が何倍も好きだ。王子の存在そのものが『幸福』なのであり、王子そのものは、“幸福”になるのは、神の実在、あるいは読者の心に委ねられている。物語は御伽噺の定石で、天使が王子とツバメの魂を天国に持ち上げる。だが、オスカー自身は天使を信じてはいないのではなかろうか…。なぜなら、告訴された彼の有罪の根拠は、キリスト教的な戒律だから…。「男が男を好きになってどこが悪い!!」、彼はそう言いたかったはずだ。
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誰だって、一度や2度は、
あるいは、毎日、
あるいは、いつも
幸福になりたいと思う。
◆ ◆
さてさて、幸福ってなんだろう?
恋人の腕に抱かれて眠る若い乙女は幸せだろうか?。
億万を超える現金・資産を譲られたら幸福だろうか?。
可愛い子供を抱く母は幸福だろうか?。
美味しいものをたらふく食べること。
美しい姿、優秀な頭脳、潤沢な資産…。
どれも皆幸福だ。だが、すべて失うことのある幸福…。
幸福は思い出の中にしかないのかもしれない。
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大人になって感じた『幸福な王子』は、深い愛情の物語だった。
ツバメは葦に恋していた。ツバメは王子が大好きだった。王子は生きることを辞めてから、すべてを愛することを知った。愛情は、種を超えた恋愛だったり、命を賭けても尽くしたい友愛だったり、困った人、貧しい人、飢えた人を救いたいと思う慈愛だったりする。王子の愛を、物語の登場人物は誰も気付かない。ただ人を超えたツバメと天使だけが知っている。この悲しさを誰に使えることが出来るのだろう…。心ある大人は、この物語を子供たちに読み聞かせて欲しい。子供の流した涙が、天国のオスカー・ワイルドの心に菫の花を咲かせるように思ったりする。
そして、彼自身が『幸福な王子』になれるのだ。
賢明な読者は知っているだろうが、王子は作者自身であり、彼の生涯の最後を予感させるものになっている。美貌、名声、人気、若い頃のオスカーは、スターそのものだ。だが、最晩年は金箔と宝石を剥がされた王子のように、世の中から見捨てられてしまう。しかし、彼が死んで109年経過した命日に、泣きながらブログを書いている東洋人がいる。
刹那の幸福は思い出の中にしかないのかもしれない。
だが、永遠の幸福を得るヒントは『幸福の王子』の中に潜んでいた。
108回目の命日に寄せて…。
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