何でこの場所にいるか、自分で望んだ訳ではない。

 ただ、最初に修道院長さんと会った時、
 バタークッキーの良い匂いとセイロン紅茶の白い缶が素敵だと思った。

 父は酒を飲むと人が変わってしまう人だった。警察官としては真面目に職務をまっとうしていたに違いない。だが、家では酒を飲まない日はなかった。

 ある日、母がいなくなった。

 朝、一人で学校に行き、夜、父が帰ってくるのを待つ。テレビはなかったか、壊れていたのかもしれない。記憶にない。家の中に、たくさんの壊れたものが散乱していた。酒を飲んだ父が、母と口論した残骸だ。北海道の冬は寒い。膝を抱えて自分の体温で暖をとる。学校で習った歌を口ずさむ。空腹だった。お菓子の缶は空だったし、母がいた頃は奇麗に整頓された調理台は、酒瓶や汚れた食器がそのままだった。お母ちゃんはまだかな…。陽子はこんなにお腹が減っているんだよ。「あ〜あっ」と声を出してみたが、叱ってくれる大人がいなかった。まだ水道に手が届くのがやっとだ。7歳には数ヶ月あった。

 修道会では大きな部屋にベッドが並んでいる。良い香りのする白いシーツはツルツルしていて、毛布は日中の匂いがする。昼間シスターたちが部屋の片付けや寝具を整えてくださっている。食事はバターやミルク、チーズも豊富に用意されていた。肉こそ出なかったけれど、良い香りのする西洋風のパンケーキや、チョコレート菓子などおやつに出た。

 春にこの孤児院に来てから、私は毎日楽しくて仕方なかった。朝の礼拝の時に歌う賛美歌も素敵だったし、食事の前にみんなで歌うお祈りの歌も大好きだった。

このしょくじをともに、わかちあい、うけよう、こころとからだに、かみさまのあい

神様の愛って判らないけれど、素敵だ!といつも思う。寒くて膝を抱えて暖をとることもなくなったし、お腹が減って気を遠くなることもないんだもの。それにシスターたちは時折見せる淋しい顔以外は、いつも優しくしてくれる。お絵描きをするクレヨンや鉛筆を探すこともないし、いつも一緒に描いてくれる年長のお姉さんもいる。

 庭を駆け回ったり、階段遊びをして怪我をしたり、毎日があっと言う間に終わってしまった。

 夏が来た。庭にはたくさんの花が咲き乱れている。すっかり仲良くなった孤児院の兄弟姉妹たちと終日庭遊びをしていた。花びらで色水を作り、誰の作った色水が一番奇麗かを競う。いつだって私の作った色水が一番奇麗だ。3時にはシスターがおやつの時間を教えてくれる。今日は珍しい台湾バナナを半分食べた。遠い外国には奇麗なお姫様がいるのだろうか?魔法の絨毯に乗って冒険できたら、バナナの茂った楽園にも行けるだろうか?。孤児院の小さな図書室にはたくさんの絵本が並んでいた。奇麗な外国の絵本も混ざっている。このままお菓子を食べながら、絵本を読んでいる時間がずっと続けば良いと思った。

北海道の長い冬の終わり、院長先生が私を呼んだ。院長先生のお部屋には優しいマリアさまの絵が飾ってある。

「陽子さん、あなたのお父さんがあなたと暮らしたいと申し出られました。あなたのお祖父さまとお祖母さまの家で一緒に暮らすようにするとおっしゃっています。このまま修道会で暮らすことも出来ます。あなたが望めば、ここから大学へ進学することも、外国で勉強することも出来ます。お帰りになりますか?。それともこのままイエスさまの元でお勉強されますか?」

院長先生の声は小さくて、時々聞き取れないほどだった。

イエスさまの子供になるのも悪くないな、と思った。良い香りのお菓子や紅茶がイエスさまのお姿に重なった。その奇麗な夢に覆い重なるように、酒の入ったコップを持つ父の姿が見えた。

「お父さんには陽子しかいないから」

院長先生に答えた。

「お家に帰りたいです」

来た時と同じように、ランドセルだけを持って迎えにきた祖母と門を出た。大きな鉄の門が後ろで閉まる音がした。少しだけ振り返る。もう門の側に誰もいない。この場所に戻れなくなることは寂しいのだが、祖母の暖かい手を握っていると少しも不安はなかった。

「陽子ちゃんの手は重たいね〜」

祖母が笑顔で言った。

「ごめんね、もっと早くお迎えに行けば良かった」

私はちっともごめんねじゃないのに、と心の中で答えて、ニッカっと笑顔を作り、祖母の顔を見上げた。大半が白くなった祖母の髪が銀色で、絵本に出てくるお婆さんと同じだな、と思った。

帰りの電車の中で見た雪空の暗い青さを忘れることができない。

※陽子さんから聞き取り/2012年12月頃

金ボーダー