活字はこう読む? 雑・誌・洪・積・世

サブ・カルチャー好きの情報スクラップ。ささらほうさらと彼岸を往復。

July 2013

何をしていたか?と問われれば

昨年の11月のこと。

私は金策に行き詰まっていた。

何もない。廃墟の様相になっている自宅の居間で、障害者の弟の今後を思い悩んでいた。インターネットの検索ワードは『障害者福祉』。さまざまな情報にまじって、上毛新聞の記事アーカイブで見つけたのは『ハートワークス打ち上げコンサート』の文字列。背の高い女性スタッフに混じって小柄な女性が笑っている写真を見た。音楽と通じての地域活動をする任意団体>と、そんな紹介があった。代表女性の連絡先が書いてある。躊躇なくその携帯電話に電話した。

「前橋でカフェをしています。お手伝いをできることがあれば、お手伝いします」

電話口の声は、快活で活気のあるものに感じられた。翌日、その女性は入院中の群馬大学病院から私の店に来た。抗がん剤の副作用の脱毛を隠すためにターバンのようにスカーフを被り、小柄な身体は弾むように動いている。

それが北村陽子にあった最初の日だった。

「入院中の群大から抜け出して来たの。私癌で余命1年と言われているのよ。」

◆◆◆◆

それから260日が経過し、私は陽子さんの遺骨を拾っている。

末期の癌患者とつき合った260日の記録を書いていきたい。

タイトルは
『ひつじ草』


蓮の古名、美しい花の下には強い蓮根を持つ花が、
彼女には一番似合うように思う。

金ボーダー

7月20日 臨終

午前2時半、携帯電話が鳴った。

「危ない感じなので…」

仕事が終わってから、都内から車で駆けつけてくれたNさんだった。

 Nさんとは、日曜日に葬儀などの相談をする予定だった。Nさんは木曜深夜の面会から、陽子さんにはもう時間がないと感じていた。前日にも見舞いに来てくれていたが、もう陽子さんは会話できる状態ではなかった。私は昨晩は23時まで付き添いしていた。比較的呼吸音が安定していたので帰宅、入れ替わりにNさんが病院に来てくれていた。仮眠だったので、服は着たままだ。免許証と財布の入ったポーチを掴み、6キロほど離れた総合病院に向かう。

 星のない夜は暗く、湿気の多い亜熱帯の空気が鬱陶しい。まだ2〜3ヶ月は大丈夫だと、願望的に思っていた。3日前に一緒に歌っている。たったの3日の間に体の中で何かが限界点を超えた。その時間も判っている。30時間前。その3時間前は普通に歩き、普通に会話していた。「まだ早い、まだ早い、まだ早い」呪文のように同じ言葉を口に出している。前橋を南に下り、利根川を渡り、細い旧道を南に向かうと病院がある。夜間出入り口のインターホンを押すとドアが開き、宿直の警備員が不機嫌そうに質問をする。

「ご家族ですか?」

陽子さんに家族などいない。

「友人ですが、危篤の知らせがあって来ました」

病棟に確認ののち、病院内に入ることが出来た。誰もいない静かなロビー裏から手術室の横を抜けると緩和ケア病棟がある。明るく電灯が点いている。看護士さんに促され病室に入るとNさんが手をさすっている。数時間前に痛み止めを追加してから、呼吸が荒くなってきたそうだ。瞬きしない大きな瞳は、何も見ていないように瞳孔が開いている。昨晩から、瞬きしなくなっていた。看護士さんに瞬くをさせてもらう。荒い呼吸と大きなあえぎ声が切ない。生まれる苦しむと死ぬ苦しみは、蝉や蝶が羽化するように鋭い痛みを伴うのかもしれない。肉体の殻を脱ぎ捨て、ほんの数グラムの真の躯だけになるのは、苦しい息の先にあるのだろうか…。

看護士さんが痛み止めを追加した。枕元に薬剤の入ったポーチのようなものが置いてある。そこから脊髄に薬液を送っているようだった。

Nさんが言う。

「牧師さんを呼びましょう」

看取りの祈祷をお願いするように依頼されているのだ。

午前3時30分

病院から牧師に連絡をしてもらう。

午前4時40分

到着した牧師さんは聖書を読み、賛美歌を歌っている。

私とNさんはそれをただ見つめている。空が白み始め、私はカーテンを開けた。薄暗い病室で見送るのは嫌だった。明るい朝日の中で旅だって欲しいと思った。

賛美歌の2曲目は『アメージンググレース』。

私は手を握っている。陽子さんの焦点の合わなかった目が一瞬だけ、はっきり何かを見ていた。声にならない声が、「あ」と言っているようだった。大きく息を吸い込んだ時、手の中の芯が抜けていった。小さな幼子のような奇麗な白い手だ。いつも指先がピンク色に輝いていた。昨日、初めて握った手。暖かくて柔らかくて、ずっしり重い手。今は軽く、空虚に思える手だった。


逝ってしまった。

「逝ってしまいました」
と私が言うと、Nさんは「まだ動いている」と言った。

さっき、吸い込んだ息が口から吐かれた。息ではなくそれは血だった。

牧師が言う。

「逝ってしまいましたね。歌の歌詞が『みたまはてんに』のところでした。」

私は窓の外を見た。東の空の雲間に陽光が差し、雲をバラ色に染めている。
「御霊は天に召されたのだろうか。。。」

午前5時だった。

看護士さんを呼び、看護士さんは当直の医師に臨終の確認をしてもらうために連絡した。
もう生ている陽子さんはいない。

これからは死者を送る葬儀の段階に移っていく。

金ボーダー

7月16日 死亡五日前

薄曇りの朝。

午前8時頃、携帯電話が鳴る。

「今日はよろしくネ」。

ほぼ毎朝、同じような時間に鳴る電話は陽子さんだ。

◆◆◆

 今日はT先生の音楽療法セミナーがある。

 私は午後4時半に、緩和ケア病棟から陽子さんを連れ出し、5時20分に新前橋駅に到着するT先生をピックアップ。会場の前橋テルサへの送迎を頼まれていた。

 陽子さんと駅前のロータリーに着くと、すでにT先生は待っていた。前回のセミナーは陽子さんの病状が悪化。入院直後の連絡に不手際があり、セミナーは中止になっていた。今日は振替で場所を公社ビルから前橋テルサに変えてのセミナーだった。

 明るい色のベージュのスラックスに大きな袖に花柄の白いブラウスがT先生の美貌に映える。陽子さんは小さな白いドットの黒のブラウスに白いスラックス姿。ショートカットの髪は銀色に光っている。元々色白の人だったが、極度の貧血で顔色は陶磁器のように白く、瞳は黒々と大きく見開かれている。

「陽子さんって、こんなに奇麗な顔立ちの人だったのだな〜」

と心の中で呟く。T先生が言う。「北村さん、ターバンをしてらっしゃらないのですね。ショートヘアがとてもお似合いです。」「そう。。。」と陽子さんが短く答えた。

 車窓の風景は見慣れた前橋だ。両毛線を車道がくぐる時、悲しい気配が煙のように漂っている。T先生が気を使って、しきりに話しかけている。「とても美味しい最中を、横浜で買ったのですよ。」小さなお菓子の箱が手元にあった。

◆◆◆

 前橋テルサの研修室は、金色の縁取りのピンク色の椅子が並んでいる。用意したDVDの動作チェックをした。音楽療法のバイブル的な臨床例の動画を教材に使うことになっていた。

映らない。

 このDVDがないと今日のセミナーは成立しない。T先生は大きな動揺を見せる人ではない。困っていることは判る。私は数キロ離れたアパートから、パソコンを運ぶことにした。

 6時15分。アパートに戻った私の携帯電話が鳴っている。T先生からだった。急いで会場に戻り、パソコンにDVDを入れるが認識しない。結局、セミナーの内容を変更して、声を使った音楽療法の実践を教えてもらうことになった。私はセミナーに普段は参加しないのだが、参加人数も少なく一緒に声を使ったワークに加わった。

人に伝えるために出す声
人に伝えないように出す声

声の使い分けなどの後、

皆で楽譜のないコーラスを実践。

 一人が歌い出し、それぞれ遅れて違うメロディーを合わせていく。陽子さんも加わり、一緒にメロディーを紡いで行く。細い繊細な声が皆の声に重なり、古い賛美歌のように聞こえる。

最初の曲は裏声で歌う。次は地声で歌う。

陽子さんが言った。

「草原の中の古い教会にいるような気持ちで歌ったの」

私はアイルランドの朽ちた教会の前にいるイメージを見ていた。あの時の、会場には草の香りと冷涼なヨーロッパの風がうねっていた。
◆◆◆

21時には病院に陽子さんを送ることが出来た。

 陽子さんは歌う前に、汗をぬぐい洗面所に薬を飲みを行った。体調が悪くなっているのではないか?、心配だった。しっかりした足取りで、病院の夜間出入り口に向かう陽子さんの後ろ姿は普段と変わらなかった。随分と痩せたこと以外は。死亡日の5日前のこと。

◆◆◆

映らなかったDVD

このDVDはドイツでの臨床例の実際を記録だった。

 社会的に成功していた男性が心臓手術を受けたが、意識が回復しない。医師たちは必死に治療を繰り返し、家族たちは意識不明の男性に声をかける。意識が回復しないことは死に繋がる。家族は音楽療法の専門家に、昏睡する男性への治療を依頼した。眠っているように見える男性の枕元、耳元で音楽療法士は賛美歌の中の短いメロディを繰り返し歌う。小さな声、囁くように、マイナーコードのメロディを歌った。その数日後、男性は意識を回復し、日常会話もできるようになった。

その男性は語った。

「医師たちの治療も家族の声かけも皆、自分には自分を苦しめ、死に向かわせる仕業、呪文のように感じていた。だが音楽療法士の歌声だけが、身動きできず、死の床で苦しんでいる自分を開放し、上に引き上げてくれたものだった。」

この症例は、音楽が死に向かう人を救い、安らぎを与える治癒力があると言われる根拠となっている。

◆◆◆

 どこの会場でも普通に映っていたDVDが何故その日映らなかったのか?

 偶然だろうが少し不思議な気もする。この文章を打っている私の側には10日前の葬儀で使われた百合が強い香りを放っている。真夏の部屋に置いた花瓶の百合が強い生命力で今も虫を呼んでいる。

 命の不思議を感じている。

金ボーダー
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